苦労して頑張ったら報われるのか~僕の生い立ちと鬱で休職まで~

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*このエントリーは2016年11月20日に公開した「苦労は報われるのか」をリライトし再度公開したものです。

「苦労は買ってでもしろ」「迷ったら苦しい方を選べ」「楽をしていたら将来ダメになる」

僕の人生は常にこのような言葉に憑りつかれていました。

楽をすること、楽しむことを否定し機械のように言われたことをこなす。苦労してこそ「正しい生き方だ」と考えていました。

いや、「僕はそうやって生きることしかできない」と考えていたと言うのが正しいかもしれません。

でも、それは間違っていました。

自分を押し殺して、「苦労」してもその結果はいいものではありませんでした。

今回は、僕の生い立ちやこれまでの会社生活の話を通じて「苦労」が本当に重要なことなのか考えてみたいと思います。

真面目に歩んできた人生

幼少期の性格

幼少期からの僕を知っている人に印象を聞くと、「まじめ」で「おとなしい」、いわゆる「いい子」だったという答えが返ってくると思います。自己主張は苦手で、友達の言うことにただ頷いたり愛想笑いをしているような子供でした。

高校・大学と進学してもその性格は変わらず深く付き合う友達もあまりできない、どちらかと言うと孤立した人間でした。

なぜそうなってしまったのか。僕を縛り付けていたのは「楽しむことは悪いこと」という考え方でした。

なぜ、そんな考えになったのか

僕の実家は自営業を営んでおり、小さいころから両親や祖父母が働く姿をいつも見ながら育ちました。サラリーマン家庭であれば両親が働く姿を見ることはあまりないかもしれませんが、自営業だと毎日見ることになります。

繁忙期になると土日も休み無く早朝から深夜まで働く姿を見ていると、好き勝手遊んだり、何かをおねだりすることに罪悪感を感じるようになってきます。

「親が必死で働いてるのに自分は遊んでいていいのか。」

小学生のころからそんなことを考えて、遊ぶ予定をキャンセルしてでも店の掃除を手伝ったり配達に行ったりしていました。

自分のやりたいことが無かった訳ではありません。でもほとんど封印してしまうようになりました。

そんなことをしてるうちに、自分のやりたいことも分からなくなり、ただ何となく平穏に毎日が過ごせればいいやという考え方になってしまいました。

一つ勘違いしないように書いておきますが、両親は一度も「苦労しろ」なんて僕に言ったことはありません。
ただ、両親の生き方を見て僕が勝手に思い込んでしまっただけです。両親のことは誇りにも思っていますし、悪く言うつもりは毛頭ありません。



一見順風満帆な人生

真面目に頑張るのは得意

親や先生に怒られたくなかったので勉強や部活は真面目に取り組みました。そのおかげで高校は地元のトップ公立校に進学、大学も国立大学に合格しました。卒業後は一部上場企業に入社することができました。

第三者から見ると「勝ち組」にも見える経歴かもしれません。

入社後も最初は人見知りな性格もあって上手くいかないことも多々ありましたが、次第に持ち前の「真面目に頑張る」能力を発揮し土日の電話対応や急な遠方出張も厭わず対応し、上司からの無理難題もなんとかこなしていく内に社内での評価も上がり「できるヤツ」との評価も貰えるようになっていきました。

やっぱり「苦労」して頑張ると評価が上がるんだ、その頃はそう感じていました。

評価を上げたいがため、怒られたくないがため、土日祝日でもトイレに行く時まで携帯を肌身離さず、緊急要請があれば即対応できるように常に構えていました。

あまり好きな言葉ではありませんが、まさに「社畜」ですね。

真面目に頑張るだけでは限界がある

ただ30手前頃からそんな自分に疑問を感じるようになってきました。

その原因は何なのか。その時は自分でも正体がわかりませんでした。

頑張って、結果も出して周囲の評価も上がっている。それとは裏腹に自分の気持ちはどんどん落ちていきました。

閉塞感に襲われ次第に何をやっても楽しくなくなり、何に対しても興味がなくなってきました。

そしてついに限界が訪れます。

2年前の4月、人事異動でそれまでとは違う部署に異動することになりました。

そこで新たに来た上司がパワハラ上司でした。彼は効率なんて言葉を知らないんじゃないかと思うほど無茶な要求をしてきます。夕方の6時に翌朝までの資料作成を要請してきたり。そして対応できないと所構わず怒号を飛ばします。

自分は課長であるにも関わらず、まったく現場の実態を把握していないため、本部の報告会議が近くなるたびに部下に状況を「尋問」します。部下は正確な報告は許されず、「都合のいいこと」しか報告できません。

「都合の悪いこと」を報告しようものなら、2~3時間監禁されて説教です。そうなると、帰れません。

彼は過去にも3人ほど部下を潰しており、周囲からもなぜ課長でいられるのか疑問に思われていた人物でした。

僕は相変わらず怒られるのを回避するため頑張りました。始発に近い電車で出勤し、帰りは終電、終わらないときは会社近くのホテルに泊まって朝出勤することも多々ありました。

もうその頃にはプライベートのことなんて何も考えられなくなっていました。ただ、上司の要求に応えるべくとにかく頑張るだけ。それ以外のことは、一切関心が無くなっていました。

結婚したばかりの妻と休日に出かけることも無くなりました。ほぼ休日も家で上司の自己満足な資料作成です。

そのような生活が3カ月ほど続いたころ、ある朝ついに、立ち上がることができなくなり、そのまま携帯電話の電源を切って会社を無断欠勤してしまいました。

⇒ 苦労して頑張ったら報われるのか~そして休職へ~ に続く